木製の階段に記憶の針がかすかに反応した。建物の名前が小学生の頃通った歯科医院の名を冠していなければ、降り積もった時間ですっかり霞んでしまった像に焦点が合うことはなかっただろう。医院はいつも混んでいた。待合室では立っていることもしょっちゅうだったし、その階段にまで人が溢れている日もあったのだ。今、帽子屋Viridianのアトリエを心地よく感じさせる窓が、その頃も北を除く三方位に同じように巡らされていたのかは思い出せない。不機嫌そうな大人ばかりに囲まれ、いつ呼ばれるかも分からないそこは、十歳前後の子どもにとって、息苦しいだけの閉所だった。 手づくり帽子屋の店主、小林愛さんがこのフロアに入る前は、整…
Viridian