le Marais, La Maree 「マレ」の響きは床しく懐かしい。二十代に約二年半住んだパリ四区のセヴィニェ夫人通り(rue de Sevigne)はマレ地区にあり、アパートの一階は「マレ」の名を冠したブラスリー(カフェ・レストラン)だった。その二年半を除いて、私は目黒区の碑文谷と鷹番に住み通し、他の場所を知らない。移動を繰り返す刺激と創造に満ちたラディカルな生き方が「ノマド=遊牧民」と括って称揚されるけれど、私はまったくの逆で、パリでも同じ部屋に居続けた。移動を厭うわけではないが、元来無精で三(三十)年寝太郎を決めこみ、ふだんも新ルート開拓を怠る。だから学芸大学近隣のビストロ「ラ・マレ…
La Maree(ラ・マレ)